バンコク・ソイ歩き

バンコク・ソイ歩き

外国人が多く住むスクンビット通り

タイには日系企業が多く進出しているため、たくさんの日本人が暮らしています。その日本人の多くが住んでいるのがスクンビット通り周辺です。タイの幹線道路の一つでもあり、バンコク都内ではその上を電車が走る便利な通りには、歓楽街、ショッピングセンターなどの観光スポットから日本人街、若者向けの最先端施設、コミュニティモールなどが建ち並ぶ、まさにバンコクの中心地といったエリアになっています。

駐在員家族が多いトンロー・エカマイ

元々、日本人駐在員とその家族は、日本人学校のあったルアムルディー通り(BTSのプルンチット駅近く)付近にも多く住んでいたそうですが、日本人学校の移転に伴い、スクンビット方面に集まるようになったようです。

1985年に開店したフジスーパー1号店のあるソイ33/1には日本人向けにサービスを行うショップや食堂、居酒屋などが建ち並んでいます。この辺りからトンロー(ソイ55)、エカマイ(ソイ63)ぐらいまでのエリアに多くの日本人駐在員とその家族が居住しています。

単身者が多いプラカノン・オンヌット

現在はエカマイより東側のスクンビット通り沿いでコンドミニアムの開発が進み、スカイトレインのプラカノン駅やオンヌット駅周辺には単身者を中心に多くの外国人が居住するようになっています。元々はバンコクの下町として賑わってきたエリアですが、数年前から若者や外国人をターゲットにしたレストランやマーケットプレイスが増えてきました。

バンコク・街の仕組み

タイの街は通常、「タノン」と呼ばれる大通りと、「ソイ」と呼ばれる脇道により場所が特定できるようになっています。街の地理を把握するためにはひじょうに便利で外国人にもわかりやすいシステムです。

ソイは脇道・わかりやすい番号システム

By Fotograf / Photographer: Heinrich Damm (User:Hdamm, Hdamm at de.wikipedia.org) (Own work) [CC BY 2.0, GFDL or CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons

ところで、ソイというのは簡単に言えば脇道です。通常は番号がつけられていて、街の中心から外に向かって左側に奇数番、向かって右側に偶数番が割り当てられます。ソイの中にソイがあることも普通で、たとえばスクンビット・ソイ55(トンロー)には、さらに1から始まるソイがあります。

日本ではこのようなシステムで道に番号をつけていませんが、一度理解してしまえば、タイのどの街に行ってもあまり困ることはないでしょう。それほどまでにタイ国内ではユニバーサルなシステムです。現在のスクンビット地区では多くのソイがつながっていますが、ソイの多くは行き止まりです。

ソイはタイという国家の縮図

See page for author [Public domain], via Wikimedia Commons

ソイはタイの国の成り立ちを考える上でも興味深いヒントを与えてくれます。タイの近代化に大きな功績を残したチャクリー王朝5代目の国王・チュラロンコン。チュラロンコン王の功績として知られているのが、「奴隷売買の廃止」と「近代的国家に変化するための基礎を築いたこと」でしょう。

ソイとタイ近代化の関係


チュラロンコン王は近代的な中央集権国家を築く上で道路や鉄道の整備に着手しました。その頃にモントンシステムという、現在と同じ県、都市、郡、町、村という行政区分が導入されました。このシステム改革は、中央集権国家の始まりと地方王朝の終わりを意味します。北部の権力者・ランナー王族や東北部の権力者たちから激しい反発がありましたが、国王は改革を断行しました。全ての富はバンコクに集まる。その始まりです。

インターネットでタイ全土の地図を見ると、色づけされた幹線道路は、その全てがバンコクへとつながっています。少し拡大すると、ソイのように見える幹線道路から脇道が見えてきますが、これらの脇道は地方都市を結ぶ道路。これらの道は行き止まりになることはありませんが、多くはまた幹線道路に戻るような形になっています。

ソイは多くの場合行き止まりで、他のソイとは繋がっていない場合が多い…ということは、そのソイは一つのコミュニティであると考えることができます。すなわち、中央集権システム末端のコミュニティがソイということになります。

ソイとタイ人のコミュニティ意識

suc / Pixabay

タイの人たちは家族をひじょうに大切にします。そしてコミュニティも大切にします。大切にするというよりは、特定のコミュニティに所属するという意識を生まれながらに持っているのかもしれません。人々はソイというコミュニティの中で生活します。そのため、このコミュニティには人々が生活する上で最低限必要な物、たとえば雑貨店や屋台は必ずソイのどこかにあります。

日本でも「向こう三軒両隣」という言葉がありましたが、昔のソイの中には、きっと「向こう三軒両隣」的な空気が流れていたはずです。開発の進んだ現在のバンコクでは、そういうソイの雰囲気を感じられる場所は多くありません。ただ、タイの人々にはコミュニティを大切にする心が受け継がれています。

バンコク・ソイ歩き、街歩き

現在のスクンビットエリアでは多くのソイがつながり合っていて、残念ながらコミュニティ的な雰囲気はあまり感じられません。現代の生活に昔のコミュニティ的な考え方がそぐわないことは確かでしょう。ましてや激しい渋滞で知られるバンコクですから、ソイがバイパスの役割を持つことも必然と言えるかもしれません。

実際、現在のスクンビットのつながりあったソイは横の移動に便利です。主につながりあったソイを利用してアソークからトンロー、エカマイを経て、スクンビット71まで抜けることができる程ですが、それでも「ここからあのソイに繋がっていれば便利なのに」という場所はまだまだあります。

時代の移り変わりとともに、ソイというコミュニティも変化を余儀なくされています。少々脱線しましたが、バンコク街歩きの豆知識としてチュラロンコン大王の改革を覚えておくと、もっと興味深い発見があるかもしれません。

ソイはタイという国のシステムを反映しています。ソイをよく知ることはタイという国やその国民のことを、もっとよく知ることに繋がります。興味深い発見を求めて、バンコクの裏道脇道を歩いてみましょう。

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