関西のおばちゃん・額田王(1)

歴史ネタ

万葉と記紀の舞台、大和・飛鳥の地は関西である。

そして、額田王は、おもにその後半生を中心に、おばちゃんであった。

ゆえに、額田王は「関西のおばちゃん」である。

完全無欠の三段論法だ。

その額田王について、少々語ってみたい。

 

美人だったのか

額田王は、昔から小説(井上靖、永井路子、黒岩重吾など)、絵画(安田靫彦など)、漫画(大和和紀、里中満智子など)、演劇(宝塚歌劇団)、映画・ドラマなど数多くの作品に取り上げられてきており、中学校の国語教科書に記載されることもあって、万葉の歌人の中でも知名度が高い。

だが、だいたいどんなイメージをお持ちだろうか。

 

「美人」……とか

「才女」……とか

 

才女だったのはまちがいない。『万葉集』に収められた名歌の数々がその客観的証拠だ。

しかし風貌に関しては、いっさい記録がない。というよりも、出自や事績を示す記録からして、とても少ない。『万葉集』の歌と『日本書紀』のわずかな記載だけで、生没年すら正確にはわからない。

つまり「謎の女性」なのである。

その謎めいたところが、「きっと美人だったんだろう」という妄想をかき立てる。

それに、大海人皇子(天武天皇)と中大兄皇子(葛城皇子・天智天皇)という兄弟ふたりに愛されたことを考えれば、やはりある程度うつくしかっただろうと想像できる。もっとも、ある根拠から「政治的重要性を持つ女性だったのではないか」という妄想も可能なのだが……。

とりあえず、美人だったとしておこう。

中学校の国語教科書に載せられている歌、

 

君待つと我が恋ひ居れば我が宿のすだれ動かし秋の風吹く

 

は、おおいにそのイメージを高める。

 

「額田王、近江天皇(天智天皇)を思ひて作る歌」と題書された歌で、「あなたを恋しく思いながら家で待っていると、家のすだれを動かして秋の風が吹いた」といった歌意。

四句・結句は、「すだれが動いたので、あの人が来たのかと思ったら、秋の風だった。がっかり」という感じに解釈するのが一般的だが、「秋」を「飽き」と重ねて、「あの人はもう、私に飽きちゃったのね(だから来ないのね)」という意味だととらえる向きもある。

 

いずれにせよ、恋人の訪れを待ってひとりさびしく物思いに沈む風情は、「美人」のイメージにぴったりである。

「額田王は美女だった」という妄想を、引き続き堅持しよう。

さて、ではそのうつくしかった額田王のイメージを、芸能人でいえば誰に重ねればいいだろうか。

誰にするか、これも人それぞれで、基本的には良いはず。妄想の自由は憲法で保障されている。誰を重ねてもいい。

 

だが忘れてはいけない。

額田王は、「関西のおばちゃん」なのだと、最初に指摘した。それがどういうことなのか、これからおいおい明らかにしていきたい。

 

さて芸能人の話。

額田王自身を主人公にした映像作品はそんなに多くないのだが、井上靖の小説『額田女王』のテレビドラマ化(1980年)では、岩下志麻が額田王を演じている。

岩下志麻さんといえば、NHK大河ドラマ『草燃える』(1979年)で尼将軍・北条政子を演じた実績のある女優である。

「尼将軍」として源氏三代の将軍亡き後の鎌倉幕府を切り盛りした北条政子を、当時アラフォーで演じた岩下志麻さんが、額田王に。

このキャスティングこそは、実に見事と言うほかないのである。

時に政治的豪腕をふるい、時に兵を鼓舞した勇ましい女性像は、実は額田王にもぴったりなのである。

 

全艦出撃!

『万葉集』に「斉明天皇代 額田王の歌」として収録されている歌に、

 

熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな

 

がある。

歌意は「熟田津で、船に乗ろうと月の出を待っていると、月は出てきたし、潮の加減もいい感じになった。さあ、今こそ漕ぎ出そう!」といったあたり。

 

熟田津(にきたつ)は、愛媛県松山市の道後温泉に近いあたりにあった港とされる。

そこから船に乗って出航しようというだけの話なら、楽しい船旅のはじまりを詠んだ歌なのかとも感じられる。

だが、決してそんな話ではない。

この「船乗り」は、斉明天皇7年(661年)、百済からの援軍要請に応え、朝鮮半島へ向けて出兵する途上、四国から九州に向かおうとする船出なのである。

つまり、船は一艘や二艘ではなく、多数。それも、兵を乗せた軍船だったのだ。今風にいえば「艦隊」ということになる。

その艦隊に向かって「今は漕ぎ出でな」とは、つまり作戦目標地に向けて「全艦、出撃せよ!」と号令しているようなものである。

まさに男まさり。「女提督・額田王」という感じ。

歌の作りから見ても、四句切れ、つまり「潮もかなひぬ」で文がいったん終止していて、「今は漕ぎ出でな」が独立した一文として、短く、ずばりと言い切られている。

ものすごく力強い。

この力強さゆえに、額田王は「関西のおばちゃん」なのである。

全軍に号令を下すかのような剛毅さは、激安バーゲンセールに臨む関西のおばちゃんのりりしい姿に通じるものがある。

 

ちなみに、この歌については斉明天皇の作とするとらえ方もある(山上憶良『類聚歌林』)。彼女もまた艦隊に同行しており、つまり大王親征、最高司令官の立場だったので、この歌を詠んだとしても自然だ。

もしかしたら、斉明天皇の命令で額田王が代作したのかもしれない。

 

なお、この皇極・斉明天皇もまた、相当に「関西のおばちゃん」であった。

その件については、また別の機会に。

 

 

コメント